Nameless Birds
番外 天敵   -Stardust-

番外 天敵の前編三
番外 天敵の前編四
作品



おまけ(ちょこっと解説)

斎藤 「控えめに言って、過保護、大甘ですな」
山崎 「?何の事でしょう?もしかして、沖田君への対応を指して言っていますか?」
斎藤 「もしかして言ってます。私の扱いとはエラい違いです。不条理です。不公平です」
山崎 「?分かりませんね。大体、公平にしなければいけない理由でもあるんですか?」
斎藤 「…いいです、もう。で、今回、あんたが読んでる『厚生新編』てのは実際、何なんですかね?実在の書物なんでしたっけ?」
山崎 「『厚生新編』はヨーロッパの百科事典を翻訳編集したものです。翻訳が開始されたのは文化八年(1811年)」
斎藤 「今(元治元年(1864年))から50年以上前の話ですか」
山崎 「そうですね。西洋諸国の学芸、文化、技芸を摂取し、国家及び国民の為に活用せんと、この翻訳事業の為に、幕府はわざわざ暦局内に『和蘭書籍和解御用』、通称『翻訳局』を設置したそうです。まあ、初の公的な蘭書翻訳事業だったわけですから、力も入っていたでしょうね。当初、翻訳の任に携わっていたのが、天才的語学力を有する長崎通詞の馬場佐十郎や、仙台藩々医の大槻玄沢等でしたが、最終的には七人の訳者と30余年を費やし、完結に至りました」
斎藤 「へえ、どうやら一大国家プロジェクトだったようですね」
山崎 「只、時代が時代なだけに、公刊はされなかったようです。実際に刊行されたのは昭和十二年(1937年)で今から約70年後、翻訳が完結してからだと、約90年後ということになります」
斎藤 「70年後…ほんじゃあ、そいつが我々一般庶民の眼に触れる事態は、まず有り得ないわけですね?」
山崎 「はい、恐らく。ですが、私はともかく、松本先生あたりならば、或いは現実に眼を通されていたかもしれませんね」
斎藤 「?松本良順氏ですか?」
山崎 「はい。彼は長崎で西洋医学を学んだ経験もありますし、医学はもとより蘭語や英語、ヨーロッパの理化学にも通じていたようです。長崎での経験を生かし、江戸の官立医学所の改革にも乗り出した、革新的な人物でしたから、西洋事情の集積である本書に関心を惹かれたとしても、不自然な気はしませんね」
斎藤 「へえ、単なる大呆けかましのフィクションとばかり思っていましたが、少しは…」
山崎 「あと、第二章で我々が観た文楽『曽根崎心中』ですが」
斎藤 「え、他にまだあるんですか」
山崎 「無論、叩けば埃は幾らでも。君の身体と同じです」
斎藤 「…言うなあ」
山崎 「『曽根崎心中』が道頓堀竹本座で初演されたのが元禄十六年(1703年)ですが、その後、相次ぐ情死に手を焼いた幕府の『心中法度』で上演が禁じられたそうです。復活したのが昭和三十年(1955年)ですから」
斎藤 「つまり、我々の頃には上演されていなかったと」
山崎 「そういうことです」
斎藤 「…」
山崎 「ちなみに、近松門左衛門が『曽根崎心中』を発表したのは今から161年前です。時間的にかなり経過していますが、江戸時代を一括りにすると、どれくらい昔に上演されたのか、実感としては捉え難いでしょう」
斎藤 「そうですね」
山崎 「例えば、平成十五年(2003年)の161年前は天保十三年(1842年)。丁度、我々が生まれた頃ですね」
斎藤 「ほお」
山崎 「文学作品を挙げると、滝沢馬琴作『南総里見八犬伝』最終刊行が、この年です」
斎藤 「成程。江戸の政府安寧の長さを感じますな。 ―― ところで、ちょっとお聞きしたいんですが」
山崎 「?何か」
斎藤 「実は先刻から、話半分もさっぱり解らないんですが…『しょうわ』とか『へいせい』って、一体何ですか?」
山崎 「…」
斎藤 「あ、怒ってる怒ってる」

おしまい


番外 天敵の前編三
番外 天敵の前編四
作品