Nameless Birds
第三章   -It's A Sin To Tell A Lie-

第三章の五
第三章の三
作品



四/七

  何とまあ、真っ直ぐな人だ。今時、あんな人種が公儀に生存しているとはな。
  帰路の三十石船上で、斎藤は先刻の会見を思い返した。
  一命を賭してでも、と眼を潤まされた時には、少々面食らいもしたが。まあ、それだけ山崎に感謝しているのだろう。或いは、余程に的を得た、大捕物に繋がる情報が、山崎により持ち込まれたか。何れにせよ、あの滝本という男ならば、いざ山崎が窮地に立たされたと聞けば、屯所へ白装束で馳せ参じ、直談判を始めても、別段驚きはしない。
「…寺島の船具問屋か」
  そんな話は初耳だがな。まあ、池田屋での諜報活動が阿片流出の糸口を手繰る発端だと、そこまで馬鹿正直に説明する必要も無いのだろうが。
  それにしても、そんな公儀にも嗅ぎ付けることの出来ない情報を、何故山崎に限っては、単独入手が可能だったのか。
  これは斎藤の推測だが。
  探索において、天性の能力を持ち合わせているのが一つ。
  生まれ育った場所故、否が応でも土地勘と人脈に事欠かないのが一つ。
  そして最後の一つ、それは ――
  ―― 山崎が武士ではない。
「…」
  ―― 格式という箱庭で育つ、武士階級の役人等では到底考え及ばない、己の属する世界『以外』の人間の思考を、推し量り、直に渡り合い、機微や駆け引きに通じる ―― 。どれも、探索に対して表面をさらうような、生半可な意識しか持ち合わせていない武士、否、武士という肩書きにしがみ付いている自分や滝本に、到達できる境地ではない。
「…どうも…」
  どうも、山崎は格別、武士になりたがっているようには見えないんだがな。
  夕刻。黄金色と黒の斑(まだら)に輝く波間に座して向かい、斎藤は眼を細める。
  山崎は武士(もののふ)の幻に取り憑かれている、とは響の言だ。だが、果たして本当にそうか。
「…」
  否。山崎のメンタルな部分にまで首を突っ込むなど、これ以上の時間外労働は御免だ。それでなくとも、事を承知の君にしか頼めないので、と、ボランティアで山崎の代役を体よく引き受けさせられていながら、事件の核心には指一本、触れさせて貰えてはいないのだから、何とも割に合わない。
  以前に山崎より吹き込まれた、薬種の流通業界に関するレクチャーと考え合わせれば、事の矛盾には直ぐ気付かされる。
  山崎が、密輸船だの阿片窟だのまで遡って、摘発出来るまでに情報を収集し得たということは、当然、阿片が山崎の薬種行李に辿り着くまでのルート、即ち、『貿易船→長崎会所→本商人→唐薬問屋→仲買→薬種問屋→脇店→売薬行商人』の流通経路において、どの地点で元凶の薬包が紛れ込んだかを、かなりの正確さで既に特定済みであるという証拠に他ならない。山崎が公儀に流した情報は流通経路の中でも最上流、たかだか上澄みに過ぎず、貿易船と行商人(つまり山崎本人)との間に横たわるブラックボックスの中身については恐らく、彼自身の手で料理するつもりなのではないか。
  或いは。
  実際に滝本の証言通り、地理的、性質的に道修町から全く離れた寺島の船具問屋を足掛かりに、情報を収集していたとすれば、今度は阿片が山崎の行李に紛れ込んでいたという元ネタ自体の信憑性が薄くなる。脇店や薬種問屋を洗う必要が最初から無ければ、斎藤同行時に山崎が取っていた行動全て、斎藤を欺く為に打たれた芝居である可能性さえ出てくる。
  公儀か斎藤か、何方かが完全に欺かれている。でなければ、話の辻褄が合わない。
  斎藤としては、まあ池田屋の件を承知しているという強みもあるから、八・二で、泥の舟に乗せられているのは公儀、と考えたいところだが、確たる証拠は皆無だ。そもそも、この推測へ至るまでの、足場を組む材としての情報の殆どが、山崎という、虚とも実とも付かないフィルターを通して得られたものばかりなのだから、その心許なさは計り知れない。
「…」
  さて、どうするか…と内心で唸る斎藤の背後から、その時、声を掛ける者がいた。
「おおい、そこの浮かねえ顔してる御人、もしかして斎藤さんじゃないですかあ?」
「ん?」
「あ、やっぱり」
  振り向くと、そこには山崎と同じく監察の、島田魁が立っている。

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