Nameless Birds
第一章   -Moon River-

第一章の六
第一章の四
作品



五/七

  阿片 ―― 日本では室町時代から既に栽培が行われていたという記録が残っている。主として強壮剤、鎮痛薬として珍重されているが、その習慣性故、江戸時代に入ると幕府により厳重な規制が掛けられるようになっていた。津軽藩所有の限られた薬草園でのみ芥子の栽培、精製が許可され、非合法に栽培、或いは清などから密輸したことが明るみに出れば重度の刑罰に処されるが、それでも時折、法の網の目を潜って市中に出回ることがある。通常、動乱期より世情が安定した、所謂平和惚けな時期に流行り病のように蔓延するものだが、稀に、様々な力のベクトルが入り乱れる都市部において、混乱のバロメーターの様に中毒患者が増加することもある。
「 ―― 不覚ながら、そのことに気付いたのが君に薬を渡した時です。あれ自体は合薬ですので、数種類の生薬を配合してあり、一見しただけでは判別が困難なものです。あの後、知人の医師に預け、成分を調べてもらいましたが、阿片そのものの含有率は予想していた程高くないということでした」
「…」
  しかし致死量ではないにしろ、阿片を口から投与した際、腸からの吸収率がそれほどでないにしろ、中毒に結び付く可能性がある以上、捨て置くわけにはいかない。そこで山崎は至急、隊務の合間を縫って個人的に売り歩いたルートを辿り、回収に努めた。しかしながら当然、収穫は捗々しくなかった。大方は服用された後であり、聞き込み調査の結果、亡くなった患者 ―― 抵抗力の無い子供や老人、他の病を併発していた重病者 ―― において、阿片による中毒症が直接の死因となったと考えられる症例が少なからず確認された。
「先刻、君と鉢合わせした長屋、あの家の子供も一月前、夏風邪を拗らせて亡くなりました。件の薬を飲んでから亡くなるまでの様子を、私が無神経に尋ね、御両親を逆上させてしまい、あのザマです。当然でしょうが」
「…」
  何も言わず、斎藤は二つの湯呑を酒で満たした。灯明の影が僅かに揺れる。
  そうして今後、私事として阿片の流出元の調査に乗り出すつもりだと、山崎は締め括った。
「…その心意気は御立派ですが、副長が果たして、許しますかね」
  斎藤の至極尤もな指摘に、
「無論、内密に願います」
「大胆ですな」
「今回の件は私個人に責任があります。平素ならば探索前には必ず、仕入れた薬包の中身を改めていたのですが、池田屋の件に限ってその確認を怠ってしまったので」
「まあ、あの時は皆、慌しかったですからね」
「職務怠慢の理由にはなりません。とにかく、わざわざ隊をかかずらわせる必要はない。万一、隊務に支障を来たすようならば、即、手を引きます」
  果たしてそうかな、と斎藤は胸中で呟いた。
「…一つ、伺いたいんですがね」
「何でしょう」
「どうして私にわざわざ、事情を打ち明けたんですか?」
  ああ、それは、と山崎は眼を細めた。
「この件に関する君の疑念を、先手を打って払拭しておいた方が、こちらも後々、楽に動けると判断したからです」
「疑念?」
「そうです。君は勘の鈍い方ではないし、事象を見たまま解するほど素直な質でもない。薬を摩り替えたあの時、少なからずの不自然さは感じていた、違いますか」
「…あまり買い被ってもらっては困りますがね」
「謙遜は結構。隊士一人一人の特性を把握しておくのも仕事ですので。まあ、この件は今夜限りで忘れて下さい」
「 ―― あともう一つ、本当は、俺が飲んだ方が胃薬だったんじゃないですか?」
  ―― 案の定。
「よく分かりましたね」
  だから、飲んでもどうということはないと先に断った筈です、と山崎は真顔で答えた。

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