魔法使いの弟子
付け馬

・付け馬 その後の一へ
付け馬の一
作品



二/二

  屯所を出てからこっち、斎藤は速度を速めることも緩めることもなく、常に一定の歩幅、リズムで歩き続けている。その動き同様、揺らぎを最小限に抑えた表情と語調で、
「あんたが入隊した当時の事は、よく覚えてますよ。あの時分の入隊希望者の中で、あんたの剣の腕は抜きん出ていたからね。ぜひ、うちの小隊に欲しいと思ったんだが…」
  蓋を開けてみれば、実戦に加わる機会の滅法少ない監察部へ配属決定ときたもんだ。折角の即戦力を勿体ないと思ったのは、俺だけじゃなかったからね、と当時を思い起こす。
  吉村は思い詰めたような眼差しを進行方向へ留め付けたまま、斎藤への回答を絞り出す。
「 ―― それは、私が入隊した時期、たまたま監察部で人員追加の募集があって…私は、隊のお役に立てるなら、どのような形で任務に携わろうと構わないと思っていましたから…」
「そうですか。 ―― いや、それにしても、あんたは監察としては些か異質ですな」
  斎藤は吉村のテンションの低さに気を止めず、尚も朗らかに続ける。
「人を疑わないっていうのも勿論だが、道場で熱心に稽古してるのだって、監察部の中で吉村さんだけですからね。探索業務で一般隊士よりも忙しいだろうに、稽古の時間を捻出されてるんだから、よっぽど剣術が好きなんだと思うしかないでしょう。しかも、道場に居合わせた若い衆に対しても、面倒臭がらず丁寧に指導されている。御存知ないかもしれませんが、あんたの付ける稽古は評判良くてね。論理的に系統立てて教えるから解り易いし、個々の特性に教授法を合わせるから、上達の度合いに斑(むら)が無い。(彼等に)教えなきゃいけないことになってる私や永倉君あたりは、大雑把でつい感覚論に逃げちゃうからねえ。あんたを慕っている隊士が多いってのも、これまた監察としては異例だね…と、どうしました?」
  はたと隣の吉村の足が止まったのを見咎め、斎藤は振り向き、思い詰めた表情で立ち尽くす吉村へ声を掛ける。
「?吉村さん?」
「 ―― 斎藤さん」
「?はい」
「やはり、私には納得がいきません」
「はい?」
  吉村は顔を上げ、数歩先の斎藤を真っ直ぐ見据える。
「どうしても、島田さんが斎藤さんの裏切りを危惧しているようには思えないのです」
「…」
「本当に疑っておられるなら、わざわざ『監察向きに出来てない』私を付けたりはせず、他の適任と思われる監察に任せるか、ご自分で同行を買って出る筈です。島田さんはそういう方です」
「…」
  斎藤は暫く吉村の真剣な表情を眺めていたが、やがて感心したように、ゆるりと笑い、
「…案外、強情なんだなあ」
  仕方ない、こうなったら何もかも吐いちまいましょう、と頭を掻いた。
「元より私は気が進まなかったんだ、あんたのような善良な人を出し抜くってのはね、どうにも寝覚めが悪い」
「?出し抜く?私は騙されているのですか?」
  再び歩き出しながらの吉村の語調は、この期に及んでも非難めいておらず、只々驚きに満ちている。やはり人が好過ぎるな、と斎藤は内心苦笑しつつ、首を横に振った。
「いえいえ、誤解しないでいただきたい。ただ、本当の事を事前に知らせれば、あんたは遠慮して私に同行しないだろうとの、島田さんの配慮でしてね。 ―― 今回、私の役目は二つありまして。一つは、備前から持ち込まれた数打ちを検分し、出来が実戦で使い物になる程度には悪くないと判断した場合、纏まった数の刀をなるべく安い価格で購入すること。もう一つは、検分する刀の中に、あんたの剣の腕に釣り合うだけの名刀が奇跡的に紛れていたら、そちらは金に糸目を付けず購入すること」
  刀の代金は、監察部の予算と島田さんの懐銭で賄う、勿論、他の部員は残らず了承済みだそうです。
「…そんな…」
  言葉を失い呆然とする吉村へ、斎藤は更に説明を続ける。
「言わずもがな、備前は刀剣産地としての条件を悉くクリアしているから、作刀レベルは必定高い。刀匠の知名度、銘の有無に限らず、優れた刀が輩出される確率も高いというわけで」
「…」
「それに、どうやら監察方の皆さん、あんたには相応の刀を持っていただきたいようですな」
  実のところ、吉村の監察にあるまじき素直さ、異質さに、他の監察方は何処か救われている、否、正確には救われたがっているのかもしれない ―― これはあくまでも私見ですがね、と斎藤は締め括る。
「…?あまり嬉しそうじゃありませんね。どころか、辛そうだ」
  吉村は依然、苦痛に耐えるような表情を崩さない。
「…そんな…皆さん、誤解しています…」
「…」
  再び吉村が立ち止まったので、先程と同様、斎藤は数歩先より顧み、吉村の表情を正面から窺う。
「…」
「私は…確かにこれまで剣の道に明け暮れてきましたし、この生き方を今更変えることなんて考えられません。ですが…本当の事を言えば、入隊時、島田さんからの監察部配属の申し出を断らなかったのは、人を斬ることに迷いが生じていたからです。探索業務が主の部署ならば、幾ら人を欺きはしても、必要に迫られて人を斬るという事態は極力避けられるかもしれない、と。…だから、私ほど卑怯な人間はいません。しかも、そんな卑怯者が監察として、士道に背いているという理由で隊士を処断するのですから…」
「…」
「…道場で若い隊士の方々に稽古を付けているのは、白刃の下を掻い潜り、常に斬死の危険に曝されている彼等に、無駄死にして欲しくないからです。彼等に上達して欲しいわけでも、隊に貢献して欲しいわけでもない、只、死んで欲しくないだけなんです」
  そうやって後ろめたさを誤魔化しているだけなんです、と吉村は力なく笑う。
「斎藤さんからすれば、随分馬鹿げた話でしょう、軽蔑していただいたって構わないんです。剣術は好きだけど人を斬りたくない、なんて。それなら入隊、いや上京せずに、田舎で竹刀なり木刀なりを振ってろって話ですよね」
  自嘲する吉村を、斎藤は無言で眺めている。
「…」
「ですから、そんな私が刀をいただくなんて、申し訳ないどころの話じゃない…!?え…?さ、斎藤さんっ!?」
  やれやれ、と斎藤は吉村の手首を掴み、ぐいと引っ張る。
「こう度々立ち止まっていたんじゃあ、宿に着く前に日が暮れちまいますよ」
 ま、それは現物を見てから考えましょうや、と提言し、戸惑う吉村を強引に引き連れ、斎藤は再び歩き始めた。

  結果として、この時、宿で検分した刀はどれも斎藤の設定していた合格水準を遥かに下回る代物ばかりであり、隊での購入話は流れた。ただし、宿から屯所への帰り道、斎藤は吉村に対し、刀を見立てる約束を一方的に取り付ける。
  頑なに断り続ける吉村へ、斎藤はにやりと笑い、こう言ってのけた。
「何、俺だって救われたいですからね。悪行三昧の盗っ人が、罰当たり怖さに寺社へ寄進するようなもんです。まあ、楽しみにしてて下さい」
  ―― そうして一年後、約束通り、伊東等と共に隊を離脱したばかりの斎藤から吉村の元へ刀が届けられることになるのだが、それは別段とする。


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