Nameless Birds
番外 桜その一   -Lullaby Of Birdland-

番外 桜その一の六
番外 桜その一の四
作品



五/六

  一人留守番するハメになった俺は改めて、傾きかけた陽の光が、壁板の隙間から染み入る小屋ん中を見渡した。
「…」
  見れば見る程、こじんまりと整えられている。清潔感に溢れている、とまではいかないにしても、だ。塵、埃は見当たらないし、数少ない備品の配置も無駄が無い。一見、無造作に積まれた本の山にしても、ヤツなりの法則が存在してるんだろう。
  そう、もっと言えば、品が良過ぎる。上品過ぎんだよ。本当にどん底を這いつくばってる連中は、身辺を繕うなんて、考えも及ばねえ、住処さえ持たねえもんだ。まるでこれじゃあ、そう貧しくもない商家や医家で育った家出少年の、単なる気まぐれのお遊び、家出ごっこ、にしか見えねえ。ここでの生活に飽きれば、さっさと家へ引き揚げる、家で身の置き場が無くなればまた飛び出し ――
「おい、坊主、いるか」
「!?」
  野太い声に振り向くと、戸口に男が立っている。
  逆光で顔は殆ど窺えないが、やたらなガタイの良さがシルエットで際立って見える。何だ、こいつ。
「ちぇっ、先客かよ」
と、舌打ちし、そいつはあっさりと、来た道を戻って行った。
  ―― 先客?
「!?おいっ、勘違いすんなよっ!」
  ―― このやりとりが、ヒビキが帰って来るまでに少なくとも三度、繰り返された。
  成る程、これじゃ金には不自由しねえわけだ。
  何だか失望したってえか…おい、何で俺がこんな裏切られたような、重い気分にならなきゃいけねえ?
「?兄さん、不味いんか?」
  ヤツのこしらえた夕飯を馳走になっている間も、俺は自分でも嫌になるくらい、言葉少なになっていた。不安を露にしたヒビキに構う余裕なんてある筈も無かった。
  結局、その晩はヒビキの小屋で休み、翌日、俺は気を取り直し、ヤツに教えられた通りの方法で売り込みを開始した。
  信じられんことに、あれだけあった薬の山は昼前には全部売り切ってしまった。
  一ヶ月近くかかって十数個しか売れなかったものを、百幾つが、たかだか一刻半ほどで捌けちまったのだ。

  昼過ぎ。空になった行李を担いで、俺は再びヤツの小屋を訪ねた。こんな胸クソ悪い気持ちのまま、上方を後にすることはできなかった。ふん、どうせ小心者だよ、俺は。
  世話になったってのに、今朝出る時、ロクに顔も合わせなかった。声もかけなかった。腹立だしさと歯痒さと、後ろめたさとが綯い交ぜになり、ヤツに当たるしか能のねえ俺の方が、まるでガキだった。そんな俺に対し、ヒビキは戸惑いながらも出掛けに、頑張りや、兄さん、と明るく背中を見送ってくれたってのに。
「…」
  薬は売り切った、金も手に入った、村の連中に馬鹿にされることもねえ、…と結構づくめなのに、手放しで喜べない理由は解っている。ヤツは俺の力になってくれた、途方に暮れる俺を助けてくれた。だが俺は、ヤツに何もしてやれない、単なるデクノボウ、役立たずなのを思い知らされたからだ。ここがヤツのホーム・グラウンドだとしても、だ。そんなのはフェアじゃねえ。それにヤツの見え隠れする素性も、俺を苛立たせる原因の一つだった…が、そんなモンに拘った俺がどうかしてた。
  だから俺はヤツにこう言うつもりだった、俺と一緒に江戸へ来い、と。流石に俺が引き取って暮らすわけにはいかねえだろうが、働き口くらい幾らでも見付けてやれる。何なら俺の通う道場に住み込みで雇ってもらってもいい。あんだけ機転が利きゃあ、まず重宝されようし、合間に剣術を仕込めば、筋が良さそうだからすぐモノにするだろう。
  何もこんなトコにしがみついているこたねえ。
  そんな青写真を頭ん中に携えて、小屋の外から声をかけてみたが、返答は無かった。
「…?何でえ、留守か?」
  戸の隙間から中を覗くと、そこにヤツの姿が見当たらない代わりに、倒れた鏡、散乱する紙の山が眼に飛び込んでくる。
  俺は思わず戸を開けた。
「!?」
  中の荒らされ様は、ひでえもんだった。今朝まで、あんだけ整然としていた空間が、まるでゴミ溜めと化しちまっている。
  割れるモンは割り、破れるモンは破り、壊せるモンは壊し、と徹底して破壊しつくされてるってことは、物盗りの仕業じゃねえな。床に撒かれた鏡や茶碗の破片を避け、零れた白粉をはたき落としながら、俺はびりびりに破かれた書物のナレの果てを拾い集めた。紙片一枚一枚は、もう繋ぎ合わせるのは不可能なくらい、無残に裂かれている。まるで俺の青写真までが破かれちまったような気になってきた。
  ―― こうしちゃいられねえ。ヒビキは何処だ?

番外 桜その一の六
番外 桜その一の四
作品