Nameless Birds
第二章   -Smoke Gets In Your Eyes-

第二章の九
第二章の七
作品



八/九

  ―― しばし双璧として引き合いに出される沖田の剣技は、実戦においても剣術の延長上にある。相手の動きを読み、如何に攻め如何に守るか。命の勘定は二の次、結果論でしかない。対して眼前の男のそれは、効率が最優先されている。極端な話、人を殺す手段の一つに剣術の技法も取り入れてみた、程度の感覚で太刀を執っている節さえ見受けられる。そんな対極に位置する両者に共通している点を挙げるとすれば、己の腕を最大限に発揮できる戦法を心得ている、ということくらいか。
  だがそれにしても、格の違いだけで、ここまで違和感を覚えるものか。
「…」
  嫌な勘だ。山崎は眼を細める。
  その違和感を更に、不信感に転じさせたのは、面を斬り付ける相手に仕掛けた、斎藤の太刀運びだった。
  頭上からの斬撃を左手に握られた懐刀で受け流すと、一瞬の隙を突き大刀を相手の左肩に浴びせる。
「!?」
  必然、動きの鈍る相手の懐に踏み込むと、瞬時に懐刀の剣尖を胸元へ突き出し、確実にとどめを刺す。その間も右手の大刀は常に生き、他の連中に対して牽制を敷き続けている。
「…二刀流…?…何て我流や…」
  恐怖の色さえ含んだ響の乾いた呟きに、否、違う、と山崎は内心で訝る。
  ―― あの動き、二刀流というより、手裏剣に大刀を併用した組込形に近い。血の回った大刀を早々に見限り、脇差ではなく短刀での攻撃に切り替えるとは ――
「…大した芸当だ」
と、口の端に乗せることで、この場は妙な勘を紛らわせるに留める。
  さて、そうこうする間に、十人いた浪士の内、八人が斎藤の手により討ち取られ、残る一人が斎藤に追い詰められた形となった。
  男が刀を下げ、大木に背を這わせながら、
「た、頼む、斬らんでくれ、頼む、命だけは…」
  言い終えるのを待たず、斎藤の剣は男の喉を貫いていた。
「!?」
  それまで足が竦み、一歩も動けないでいた響だが、
「何で斬るんっ!?この人、観念してたやないっ!?」
  斎藤の容赦無い一太刀に反応し、無意識に木の陰から飛び出した。
「甘いですな」
  後ろの幹まで食い込んだ刃先を引き抜き、刀を鞘に収めながら斎藤の返した言葉は、響が耳を疑いたくなる程、常と変わらない茫洋感を湛えていた。
「あ、甘いやて…」
「一旦、命乞いをすれば癖になる。ここで見逃がしたとしても、この先また、窮地に陥る度に命乞いを繰り返すようになるもんです。遅かれ早かれ自滅するか、悪くすれば面倒を引き起こして、味方まで巻き添えにしちまうかでしょうな」
「でも…っ!」
「なら、この連中は皆、あんたの顔を見ている。どれか一人でも生かして仲間の元へ帰そうもんなら、後々、あんたは愚か、あんたんトコの親父さんや若い衆に被害が及ぶかもしれない。京に居る我々には何も出来ないんでね。こんなところでどうです、お嬢さん」
「…」
  言葉に詰まり、響は同意を求めるように山崎の方へ向き直った。
「なあ、蒸はんもそうなんか…?」
「…」
  山崎は山崎で、たとえ僅かな可能性でも、京での過激派浪士討伐の糸口になるかもしれないという相手方の情報を搾り取ろうともせず、みすみす一撃でとどめを差した斎藤の行動を甘いと思っているのだが、当然、口にはしない。
「何でそんな簡単に無抵抗な人間が斬れんねん…可笑しいやん、そんなの、誰にもそんな権利無いのに…なあ」
  必死に山崎の身体を揺すり、視線を合わせようとする。
「なあ、蒸はんもそうなんか?…この男とおんなじ、夜叉になってしもたんか…!?」
「…」
「何で何も言うてくれへんのっ!?」
「 ―― 家へ戻りなさい。送って行く」
「!?一人で帰れるわっ!こんな時だけ娘扱いせんといてっ!」
  悲痛な叫びを残し、響は走り去った。
「…こいつら、どうします?」
  暫くして、斎藤が切り出した。
「放っておくしかないでしょう」
  明るくなれば、誰かが見付けて役人に届けるだろうから、と山崎は歩き出した。

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